コラム

コロナ禍に再考する学校給食の意義〜中村丁次(日本栄養士会会長)

2022.4.26

コロナ禍による外出自粛によって、買い物に行けなかったり、経済的な理由で食費を切り詰めざるを得なくなったりする状況が生じていることから、無意識のうちに食事の栄養バランスをくずしてしまう事態が生じています。そのうえ、感染拡大による休校によって学校給食までもなくなってしまうと、育ち盛りの子どもたちの健康が、ますます心配になってきます。

さらにロシアによるウクライナ侵攻の影響で、油や小麦などの原材料費が高騰し、給食費の値上げが相次いでいます。日本は、子どもの7人にひとりが貧困状態にあり、子どもの貧困率はOECD加盟国のなかで最悪の水準とされていますから、給食費の値上げは子どもたちをさらに追い詰めることになりかねません。

そんな今だからこそ、たとえ1日1食でも栄養バランスに優れた食事を食べられる学校給食の意義について、考えてみたいと思います。

【関連リンク】
日本教育新聞「ウィズコロナ時代における学校給食の役割を見つめなおす」(2020.09.28)
産経新聞「給食時間だけ登校OKも 学校の感染対策」(2021.09.16)
日本財団「子どもの貧困対策」

“教育媒体”としての学校給食

学校給食の制度は、『学校給食法』という教育の法律に基づいています。食事の法律と聞くと、厚生労働省の管轄と思うかもしれませんが、『学校給食法』は文部科学省の管轄です。学校給食は、栄養の教育をするための“教育媒体”として、日本では位置づけられているのです。

学校給食の最大の目的は、栄養や食事に関する教育です。子どもたちに栄養バランスのとれた食事を食べさせることはもちろん大事なのですが、食事にまつわるさまざまな事象について想像させ、考えさせることが最も大切なのです。

たとえば、すべての食材はそれを育てる生産者がいることを伝えたり、食品流通の仕組みや食品添加物の知識を教えたり、食事と環境問題の関係について考えさせたりします。また、友達と一緒に同じ食事を食べることの意義や楽しさを伝えることも大切です。このように、給食を通して、子どもたちに教えることはたくさんあります。

どのような計画に基づいて子どもたちを教育するかについては、各学校に委ねられています。学校給食法の第十条に定められているように、校長と栄養教諭を中心に学校ごとに全体の指導計画を作り、実施しているのです。

たとえば、●年生では箸の正しい持ち方を指導する、●年生では五大栄養素を理解して、好き嫌いなく食べることができるようになるなどの目標を、学校ごとに策定しています。

子どもの好き嫌いは、大人たちが頭を悩ませる問題です。好き嫌いが多いと、どうしても摂取できる栄養素が偏ってしまいます。育ち盛りの子どもたちですから、大きくなるには、すべての栄養を必要な量だけとることが大切で、そのためには、「何でも食べるのがいいよ」と伝えるといいと思います。好き嫌いは誰にでもありますから、それを無理して食べさせるのではなく、好き嫌いなく食べることの意義を伝えるのです。

好き嫌いを克服するもうひとつの方法は、わかりやすいストーリーで、子どもたちに上手に働きかけることです。

1978年、私は食育の教材として人形劇を作って学校で上演して回ったことがあります(そのときの記録が、当時の日本栄養士会の会報誌『栄養日本』[1978.7.vol.21]に掲載されています)。

登場するのはタローとハナコと犬のポチです。タローは、「たべたくないったらたべたくない」とわがままをいって好き嫌いを続けているうちに、どんどん痩せていってしまいます。一方のハナコは、「おなかがすいたよ、ペッコペコ」といって、お菓子をたくさん食べているうちに、どんどんお腹が膨れて最後はパンクしてしまいます。

そこで犬のポチが劇を見ている子どもたちに「どうしてタローちゃんはあんなにやせっぽちになっちゃったんだろうね?」と聞くと、子どもたちは大きな声で「好き嫌いがあるから!」と答えるのです。「どうしてハナコちゃんのおなかがパンクしたかわかるだろ?」と聞くと、「食べ過ぎたから!」と答えます。その様子を後ろから見ていて、私は「よし、うまくいったぞ」と思いました。つまり、この人形劇は、子どもたちに自分で考え、答えさせることに意義があったのです。

人形劇『歌えなかったポチ』作・清水俊夫(『栄養日本』[1978.7.vol.21]P.24より)

劇中で歌われた『好き嫌いの歌』の楽譜(『栄養日本』[1978.7.vol.21]P.26より)

こうした教育によって、知らず知らずのうちに食事の知識や知恵を身につけながら好き嫌いを克服していきます。私たちは、ある献立を見て、この食事は野菜が足りないな、糖質が多いな、と感じとれると思います。

ところが、学校給食制度が普及していない国の人々は、こうした意識が希薄です。私たちが、自分の食事を見て、栄養の過不足をなんとなく意識できるのは、子どものころに学校給食の教育を受けた成果のひとつといえるでしょう。こうした意識は、コロナ禍の制限された生活においても食事のバランスが失われないように気をつける能力につながります。また、主体的に食事を節制できるようにもなるので、これが日本に肥満が少ない大きな要因になっていると、私は思います。

子どもたちに給食を配膳させることも、教育として重要です。ただ人から食事を与えてもらうだけではなく、配膳を通して、自ら食事を分け与える行為を体験させるのです。与える側と与えられる側、双方の立場を体験させれば、自然と助け合う気持ちが育まれます。食事は、自分ひとりの空腹を満たすものではなく、みんなで食べ物をシェアして楽しく食べるものと理解させることが肝要なのです。

昨今はメディアの発達により、食に関する情報はたくさんありますが、保護者のための“教育媒体”として、学校で配布される『給食便り』の意義も考えてみたいと思います。『給食便り』の狙いのひとつには、子どもたちがどんな教育を受けているのかを大人が知ることで、各家庭の朝食と夕食にもよい影響を及ぼすことがあります。また、「今日は給食で何が出た」「あの献立がおいしかった」など、家族のコミュニケーションも生み出します。

社会の発展とともに、家族の在り方は多様化しました。夫婦共働きの家庭もあれば、ひとり親の家庭もありますし、裕福な家庭もあれば、貧しい家庭もあります。それゆえ、子どもたちの栄養状態もさまざまです。過剰栄養の子どももいれば、低栄養の子どももいるのです。

ですから、給食の教育も、子どもひとりひとりの事情に合わせた“個別化”の指導に対応していかなければなりません。そのために2005(平成17)年できたのが、栄養教諭の制度です。

栄養教諭は、主に以下のような食に関する指導を行います。

・肥満、偏食、食物アレルギーなどの児童生徒に対する個別指導を行う。
・学級活動、教科、学校行事等の時間に、学級担任等と連携して、集団的な食に関する指導を行う。
・他の教職員や家庭・地域と連携した食に関する指導を推進するための連絡・調整を行う。

現代社会は複雑化し、事情は家庭ごとに異なります。栄養教諭がリーダーシップをとりながら、学校全体で子どもたちひとりひとりに気を配った食の教育が学校給食の現場では必要になっています。“教育媒体”としての学校給食はこれからどうあるべきか。時代に即した変化が、ますます求められるようになるでしょう。

【学校給食法】
第一章 総則
(この法律の目的)
第一条 この法律は、学校給食が児童及び生徒の心身の健全な発達に資するものであり、かつ、児童及び生徒の食に関する正しい理解と適切な判断力を養う上で重要な役割を果たすものであることにかんがみ、学校給食及び学校給食を活用した食に関する指導の実施に関し必要な事項を定め、もつて学校給食の普及充実及び学校における食育の推進を図ることを目的とする。
(学校給食の目標)
第二条 学校給食を実施するに当たつては、義務教育諸学校における教育の目的を実現するために、次に掲げる目標が達成されるよう努めなければならない。
 適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること。
 日常生活における食事について正しい理解を深め、健全な食生活を営むことができる判断力を培い、及び望ましい食習慣を養うこと。
 学校生活を豊かにし、明るい社交性及び協同の精神を養うこと。
 食生活が自然の恩恵の上に成り立つものであることについての理解を深め、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
 食生活が食にかかわる人々の様々な活動に支えられていることについての理解を深め、勤労を重んずる態度を養うこと。
 我が国や各地域の優れた伝統的な食文化についての理解を深めること。
 食料の生産、流通及び消費について、正しい理解に導くこと。

第三章 学校給食を活用した食に関する指導

第十条 栄養教諭は、児童又は生徒が健全な食生活を自ら営むことができる知識及び態度を養うため、学校給食において摂取する食品と健康の保持増進との関連性についての指導、食に関して特別の配慮を必要とする児童又は生徒に対する個別的な指導その他の学校給食を活用した食に関する実践的な指導を行うものとする。この場合において、校長は、当該指導が効果的に行われるよう、学校給食と関連付けつつ当該義務教育諸学校における食に関する指導の全体的な計画を作成することその他の必要な措置を講ずるものとする。
 栄養教諭が前項前段の指導を行うに当たつては、当該義務教育諸学校が所在する地域の産物を学校給食に活用することその他の創意工夫を地域の実情に応じて行い、当該地域の食文化、食に係る産業又は自然環境の恵沢に対する児童又は生徒の理解の増進を図るよう努めるものとする。
 栄養教諭以外の学校給食栄養管理者は、栄養教諭に準じて、第一項前段の指導を行うよう努めるものとする。この場合においては、同項後段及び前項の規定を準用する。

【関連リンク】
文部科学省「食に関する指導の手引〜第二次改訂版〜(平成31年3月)」PDF
文部科学省「栄養教諭制度について」

子どもの貧困対策に学校給食制度が資する可能性

コロナ禍によって、経済格差と栄養状態の格差の関係も注目を集めるようになりました。つまり、貧しい人ほど、コロナ禍で栄養の問題に直面しやすいというわけです。

もともと貧困問題がなくならない限り、栄養格差はなくならないと言われ続けてきました。昨今、注目を集めているユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage(UHC))という概念は、「すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」を意味します。

「すべての人が」とあるように、ここでは、「誰一人取り残さない」「貧困者を取り残さない」ということが重要です。私たちは食事においても“安価な値段で”誰もが適正な栄養を補給できる食事にアクセスできる社会の実現を目指さなければなりません。それをひとつの形として実現しているのが、学校給食の制度です。

昨今は子どもの貧困が社会問題になり、子ども食堂の活動が注目を集めています。スーパーなどで出るフードロスになりそうな食品をうまく活用して、子どもたちに安く食事を提供する取り組みは、すばらしいと思いますが、子ども食堂の活動と学校給食制度を一体化させることで、より持続可能な仕組みを構築できるかもしれません。学校給食制度のインフラを利用して、望む子どもたちには給食として朝食を提供するのも一案と思います。これは、時代の要請にもとづく学校給食制度の今後の可能性として、みなさんと一緒に考えていかなければならないと思います。

一方、学校給食の現場を支える管理栄養士・栄養士の教育も時代の変化に対応していかなければなりません。私が栄養学を学んでいた時代には、予算●●●円以内で栄養を満たす食事を作りなさい、という課題がありました。すなわち、できるだけ安価で栄養バランスのとれた食事を作るための訓練をしていたわけです。

戦後の貧困から抜け出し、日本経済が成長するようになると、こうした経済の軸や価格の軸を考えさせる栄養士の教育は次第になくなっていきました。しかし、貧困格差が問題になっている昨今、こうした教育を再び取り入れる時期にきています。

一方、サプリメントが登場したときには、ほうれん草とサプリメントでは、どちらが安価にビタミンを摂取できるかなどという論文がよく発表されました。科学の進歩によって、アミノ酸やビタミンは微生物合成によって安価に製造できるようになったので、サプリメントで栄養をとったほうが安いケースはたくさんあります。

しかし、だからといって、すべてサプリメントで栄養をとればいいかというと、私は違うと思っています。旬の食材を使って、季節を感じ、多くの人々と分かち合いながら、おいしく食べる食事のほうが、人間らしい幸福につながると思うからです。

安価な価格で適正な栄養バランスの食事を作るためには、当然ですが、旬の食材を使うほうが安くできます。管理栄養士が給食の献立を考える際には、旬を取り入れることはもちろん、そのことを子どもたちに伝えることも大切です。そうすれば、子どもたちが大人になったとき、旬を意識して、食材の価格をおさえて自分の食事を作れるようになるはずです。このように学校給食が、大人になったときに役立つ知識・経験となるよう、教育していくことがとても大切なのです。

【関連リンク】
厚生労働省「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジとは?」
独立行政法人国際協力機構「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」
国際連合広報センター「すべての人に健康を」

学校給食の合理化を進める必要性

“教育媒体”としての学校給食制度を維持するために、給食を作る人たちの労働環境にも配慮が必要です。学校給食は、一度にたくさんの量を作る必要があるため、作業工程の合理化、機械化を進めるのは必然的な流れだと思います。調理工程のオートメーション化を進め、さらに今後はAIや調理ロボットも導入して、合理化を進めるべきです。材料をあらかじめ加工されている食品を活用することは必ずしも悪いことではありません。そうすることが、ひいては現場で働く人たちの労働環境や給与の改善にもつながると思います。

無人の厨房のイメージ〜『中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション』(第一出版)P.114より

 

もちろん、丁寧に出汁をひき、素材をひとつひとつ包丁で切り、真心を込めて作られた食事がすばらしいのは言うまでもありません。しかし、給食の現場で、かつおから出汁をひき、キャベツの千切りをしていたら、作業がなかなか終わりませんし、労働環境も改善されません。

じっくり丁寧に作られた料理も食事ですし、オートメーション設備で大量調理された料理も食事です。インスタントラーメン、お惣菜商品、冷凍食品、レトルト食品、回転寿司……これらは、今や食事の重要な役割を担っています。しかし、いずれも開発・発売された当初は大きなバッシングを受けたことを思い出してみてください。

食事とは、いつ、どこで、誰が、誰と、どのように食べるのかによって、理想の形が変わるものであるということを、あらためて想起してほしいと思います。食事とは、とても多面的な概念なのです。丁寧に作られた最高の料理は、プロのシェフがいる一流レストランに任せ、学校給食では、働く人々の負担を少しでも減らすために、最新設備を取り入れながら合理化を進めるのは、悪いことではないと思います。

ここまでみてきたように、給食を時代にあった形で維持していくためには、①食の個別化の問題に対処していくこと、②ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現にむけて、常に経済の軸と価格の軸を意識すること、③大量調理の負担軽減のために作業の効率化・合理化を意識することが必要です。この3つの意識がこれからの管理栄養士・栄養士には求められてくると私は思います。

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