ジャパン・ニュートリションが世界を持続可能にする

良好な栄養状態は、SDGsの目標達成の土台となる

2015年の9月25日から27日にかけて、ニューヨークの国連本部において、「国連持続可能な開発サミット」が開催されました。150を超える加盟国の首脳が参加して、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。

そこには、人間の社会や地球環境を持続可能にしていくために、私たちが2030年までに達成するべき「持続可能な開発目標=SDGs」が掲げられています。

SDGsは、17の目標と169のターゲットからなりますが、貧困や飢餓の問題、エネルギーや気候変動の問題、平和社会の実現のための課題など、内容は多岐にわたります。ところが、この17項目のなかに、「栄養」という言葉は出てきません。

しかし、私は栄養の問題を解決しない限り、17項目の目標達成は難しいのではないかと思っています。2013年にロンドンで開催された栄養サミットをもとに作成された報告書「世界栄養報告(2014 Global Nutrition Report, GNR)」の序文に「良好な栄養状態が、人間の幸福の基盤となる」とあるのは、そのことを示唆しているでしょう。

胎児期から乳児期にかけて良好な栄養状態を保てれば、脳の機能障害を防ぎ、免疫システムを強化し、死亡率を減少させ、学習能力を高めます。

こうした子どもたちが大人になれば、生産性を向上させ、高額な賃金を得られますし、中高年期には生活習慣病や慢性疾患の予防になるでしょう。つまり、幸福の基盤となる良好な栄養状態を保てなければ、SDGsの目標を仮に達成できたとしても、それは砂上の楼閣に過ぎないのです。

日本の栄養政策の優れた合理性

では、「人間の幸福の基盤」となる「良好な栄養状態」はどのように実現されるべきでしょうか。日本の栄養政策の歩みにその答えがあると、私は考えています。

実は、明治以前、日本人の栄養状態はよくありませんでした。体格が小さく、抵抗力はなく、多くの感染症に悩まされ、世界的に見ても短命でした。当時の人々の写真を見ると、その姿からたんぱく質が欠乏し、ビタミン、ミネラルも十分に摂れていないことが、容易に想像できます。

当時、明治政府は国家の近代化と富国強兵をはかるために、欧米から栄養学を導入し、人々の栄養状態を改善しました。たとえば、洋食などを通して肉食が広まったことは、栄養状態を改善する一助になりました。

大正時代に入ると、日本の栄養学の父といわれる佐伯矩(ただす)博士は、1920(大正9年)に内務省栄養研究所の初代所長に就任し、今日に残る栄養士制度の礎を築きました。そのころの栄養研究所の報告には、主婦が家事をするときのエネルギー消費量をはかった記録が残っています。

当時の主婦たちは貧しい食事をしていました。主婦の栄養状態をよくしなければ、丈夫な赤ちゃんが生まれません。つまり、丈夫な国民が増えなければ、国は強くならないのです。こうした考えから、国は、女性の栄養改善運動を行いました。

少しずつ栄養状態は改善していましたが、ご存じの通り、明治から大正、昭和にかけて、我が国は戦争を継続したので、食糧事情は悪化し、国民の栄養欠乏は深刻でした。

終戦間近の1945(昭和20)年4月、日本は栄養士規則を作り、栄養士を国家資格にして、5月には大日本栄養士会が設立されます。

戦後になると、1947(昭和22)年には栄養士法が公布され、1950(昭和25)年には病院の完全給食制度ができ、1954(昭和29)年には、学校給食法が制定されました。国策として栄養改善運動が展開されたのです。また、1954年に日本はアメリカから余剰作物を輸入することになりました。

注目すべきは、アメリカに宣伝普及費を出してもらう条件で余剰農産物協定を締結した点です。この予算を使って、日本は輸入食料の普及・啓発活度のためのバス型の栄養指導車(キッチンカーとも呼ばれる)を購入します。そして栄養指導車に乗った栄養士が地域の隅々まで周り、国民の栄養指導をしたのです。

<栄養指導車(キッチンカー)>

出典:「中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション」(第一出版)

食糧の供給分配と栄養教育を同時に行う、極めて合理的なやり方は、日本の栄養政策の特徴といえるでしょう。アメリカの食糧政策を日本は見事に自国の栄養政策に変換してみせたのです。

食糧政策とは、食料の生産、流通、加工等を通して、いかに合理的に人々に食料を届けるかということが目標になりますが、栄養政策とは、人々が、生命、健康、幸せを維持するには、どのように合理的に食品を獲得、選択、活用、消費するかを目標にします。

そのために、日本は行政、学校、病院、社員食堂、食品・外食・給食産業、自衛隊、刑務所など、人々が食事をする公の場に管理栄養士・栄養士を配置しました。

こうしてどこでも健康な食事にアクセスでき、栄養指導を受けられる社会環境が整っていったのです。おかげで徐々に人々の栄養状態は改善し、それによって優秀な人材と労働力が育まれ、日本の高度経済成長の原動力になりました。

その後、平成に入ってから、肥満の人が増え始めましたが、「健康日本21」の政策や管理栄養士や保健師による特定保健指導で生活習慣を改善することにより、肥満の増加にブレーキをかけることができました。

一方、日本人は自然を尊重し、四季折々の変化を楽しみ、旬を尊び、地産地消を愛して郷土料理を大切にする食文化を持っています。このような伝統的な食文化を維持しながらも、実際の食品選択においては科学的根拠に基づいた栄養改善を行いました。いわば、日本の食文化と欧米の科学の合理性を上手に融合させた地球にやさしい健康な食事を創造することに成功したのです。

環境にも体にもやさしい日本の食事

こうした日本の栄養改善は、「持続可能な開発目標=SDGs」を達成するためにも有効であると私は考えています。SDGsが掲げる脱炭素の社会を実現するために、栄養や食事はどうあるべきでしょうか。

現在のフード・システムにはさまざまな問題があります。肥満や糖尿病、心臓病などの疾患による死因の要因になる一方で、8億人が低栄養の状況を生み出し、世界の温室効果ガスの20~35%の量を放出し、氷のない土地面積の約40%を農地が占めています。

また、過剰な肥料が陸、川、海を汚染し、生物多様性を損失する要因になっているといわれています。つまり、現在のフード・システムを変革しなければ、世界の持続可能性も健康な食事も不可能なのです。

その意味で、2019年、WHOは、「持続可能な健康な食事」のための指針を発表しました。そこには健康だけでなく、環境や社会文化的な側面も含めて食事のあり方が示されています。

では、日本の食事は、環境にどれくらい負荷をかけているのでしょうか。世界的な科学雑誌『ランセット』のEAT委員会報告によると、1日の食事が排出する温室効果ガスを先進20カ国別に見ると、排出量の多い国から、オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、ドイツ、アメリカと続き、日本はトルコに次いで下から2番目の低い排出量となっています。

肉食中心よりも、心疾患や脳卒中の予防に優れているとされる魚介を中心とした日本食は、温室効果ガスを大量に排出する家畜が占める割合も低いことから、健康面と環境負荷の面の双方で、すぐれた食事といえるのではないでしょうか。

<G20諸国の食事と温室効果ガス排出量>

参照:Rebooting and Reimagining Healthy and Sustainable Food Systems in the G20のP.26の図を元に作成

ここまで日本の栄養改善と日本の食事の優れた面を見てきました。欧米の科学と日本の食文化を上手に組み合わせた日本の栄養改善は、持続可能で健康な食事を創造し、長寿国を維持しています。このような成果を、私は「ジャパン・ニュートリション」と称して世界に発信すべきではないかと考えています。

日本の管理栄養士・栄養士はもっと世界に貢献すべきです。そして、ジャパン・ニュートリションは、持続可能で幸福な社会を形成するための、世界的なモデルになると、私は考えています。

「臨床栄養学者中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション〜日本の栄養の過去・現在  、   さらに未来に向けて〜」(第一出版)を是非、ご一読ください。12月には、Springer-Nature社から英語版が世界に向けて発売されます。

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中村丁次

公益社団法人日本栄養士会会長。神奈川県立保健福祉大学学長。
徳島大学医学部栄養学科卒業後、聖マリアンナ医科大学病院に勤務。その後、東京大学医学部より医学博士取得。神奈川県立保健福祉大学教授・栄養学科長を経て、2011年より学長。「欧米の科学と日本の食文化を融合した戦後の栄養政策と食事のあり方(=ジャパン・ニュートリション)」を高く評価し、それを世界に広めることが、持続可能な地球環境につながると提唱している。『中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション』(第一出版)他、著書多数。