コラム

生乳廃棄問題を機に牛乳の価値を考える〜中村丁次(日本栄養士会会長)

2022.3.10

この春、生乳廃棄問題を再燃させないために

Jミルクが2022年3月3日に発表した『需給短信』は、コロナ禍の影響で、牛乳・乳製品の需要動向が依然として不透明であることから、生乳を余らせないために、家庭での積極的な需要拡大が重要であると指摘しています。

また、3月末の年度末には、学校が春休みに入ってしまうため、昨年末に続き、再び生乳が余ってしまう可能性も報道されています。

そこで今回は、昨年末の生乳廃棄問題を回避できた経験を振り返りながら、あらためて牛乳・乳製品の価値について考えてみたいと思います。

【関連リンク】
Jミルク需給短信「週報」(2022.03.03)
農業共同組合新聞「牛乳 需要動向 不透明感続く Jミルク」(2022.03.07)
朝日新聞デジタル「生乳廃棄問題、給食のない春休みに再燃の可能性も」(2022.01.28)

 

農林水産省『NEW(乳)プラスワンプロジェクト』を成功させたひとりひとりの行動

2021年の12月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行するなかで、牛乳や乳製品の原料となる生乳が余っているというニュースが大きな話題になりました。ただでさえ、生乳の消費が落ち込む冬場に、コロナ禍によって飲食店や宿泊施設での消費が減り、冬休みで学校給食の消費もなくなることから、このままだと5000トンが廃棄されてしまうというのです。

こうした事態に、農林水産省が『NEW(乳)プラスワンプロジェクト』を立ち上げ、いつもよりもう1杯多く牛乳を飲みましょうと国民に呼びかけると、北海道などの酪農が盛んな地方自治体もその広報に努め、情報は、テレビやインターネットで瞬く間に拡散されました(※)。

それに呼応するように、企業や料理研究家、一般個人が牛乳をたくさん使う料理やお菓子のレシピをSNSで公開するなど、牛乳の消費運動へと広がっていきました。その後、国民ひとりひとりが協力したおかげで、年末年始に生乳を廃棄しないで済んだというのは、本当にいいニュースだったと思います。

※実は、農林水産省は2020年4月21日から『プラスワンプロジェクト』と称して、牛乳の消費喚起を促していました。こうした地道な努力が『NEW(乳)プラスワンプロジェクト』につながっています。背景については、以下の関連リンクの『コロナ禍で酪農家が生乳を廃棄しなければならない理由』をご覧ください。

【関連リンク】
コロナ禍で酪農家が生乳を廃棄しなければならない理由(2020.05.15)国際酪農連盟ブログから
農林水産省『プラスワンプロジェクト』
農林水産省『NEW(乳)プラスワンプロジェクト』
農林水産省『生乳の廃棄を回避できました』

母乳から考える牛乳・乳製品の価値

ここで、牛乳・乳製品の価値についてあらためて考えてみたいと思います。

なぜ、人類が地球上でここまで発展できたのかを考えてみたとき、その大きな要因のひとつに、とんでもない雑食性を手に入れたことがあるだろうと私は思っています。

ほとんどの動物は、肉食なら肉を、草食なら草を、というように、その土地の限られたものしか食べないために、生息地もまた限られてしまいます。ところが人類は、ありとあらゆるものを食べ物にできたがゆえ、寒い地域だろうと暑い地域だろうと、地球上のどんな場所でも生きてこられたのです。

雑食性を手に入れると、必然的にいろいろな食べ物のなかから、適切な食品選択をする知恵が必要になります。その知恵を科学的に整理したのが栄養学だろうと私は思っています。

多くの動物はほとんど決まったものしか食べないので、食品選択の知恵も、栄養の知識も必要ありません。なぜ、人類が栄養学に基づいて、栄養を考えながら食べなければいけなくなったかというと、それは人類がとんでもない雑食性を手にしたからなのです。

しかし、雑食性を手に入れた人類には、一生のうち一度、ひとつの食品だけで生きている時期があります。人間が雑食になっていない時期……それは乳児期です。

乳児期の赤ちゃんは母乳やミルクだけで、ほかのものは一切食べません。この点に着目した欧米諸国は、栄養学が登場して間もないころ、究極の人工ミルクを作ろうと躍起になりました。つまり、それだけ飲んでいれば、健康な栄養状態を維持できる食品を開発しようとしたのです。しかし、それはいまだに実現していません。

乳児期の人間が母乳やミルクだけで生きるのと同じように、仔牛もまた、母親の牛の母乳で育ちます。その事実に思い至ると、生乳でできた牛乳・乳製品には生きるのに必要な栄養素が詰まっていると実感できます。

下のグラフをご覧いただければわかるとおり、実際、コップ1杯の牛乳にはさまざまな栄養素が含まれています。

牛乳にはカルシウムが豊富という一般的イメージがありますが、牛乳の本当の価値は、たくさんの種類の栄養素をまんべんなく摂取できる点にあります。日々の食生活にコップ一杯の牛乳を加えるだけで、摂取できる栄養素の種類が増えるだけでなく、食事全体の栄養バランスも自然と整ってくるのです。学校給食に牛乳が必ず付く理由も、そこにあります。

ですから、コロナ禍で外出できずに食事が偏ってしまったときなどは、とりあえずの措置として牛乳や乳製品を摂ることは、大事なことと思います。

【牛乳コップ1杯(200ml)あたりの栄養素量と栄養充足率】

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