コラム

アジアの栄養について、1137人と考えた! 〜第8回アジア栄養士会議(ACD)を終えて〜中村丁次(日本栄養士会会長)

2022.10.18

フェイス・トゥー・フェイスで話すことの意義

2022年8月19日から21日までの3日間、神奈川県のパシフィコ横浜にて、第8回アジア栄養士会議(The 8th Asian Congress of Dietetics、略称ACD)が開催されました。今回は、「明るいアジアの未来のために持続可能な健康社会の実現を目指して」というテーマのもとに、アジアの栄養士1137名が参加しました。

アジア栄養士会議(以下、ADC)
アジア栄養士連盟が中心となり、4年ごとに加盟国(台湾、香港、日本、マレーシア、パキスタン、インド、フィリピン、 インドネシア、タイ、韓国、シンガポール、オーストラリアの12カ国) のいずれかの都市で開催される、栄養士による国際会議。
ACD2022 第8回アジア栄養士会議

2019年以来続くコロナ渦における大規模な国際会議ということで、どれだけの人が足を運んでくれるかと心配していました。しかし最終的には、1137名のアジア各国の管理栄養士、栄養士、栄養学者などが参加し、久しぶりにフェイス・トゥー・フェイスで情報交換や議論ができたということに、大変大きな意味があったと思います。

私は実際に人と会って話すからこそ生まれる会話、アイデアというものが必ずあると思います。オンラインの会議だけでは伝わらないこと、ひらめかないことがたくさんあるのです。久しぶりに海外の栄養学者と会えば、立ち話だけで話題に花が咲きます。次々とやるべき課題が浮き彫りになり、一緒にがんばらなければ、という気持ちになる。こうしたことが研究や明日の仕事への意欲につながるのです。

今回のACD開催までには、染対策などの面でさまざまな苦労がありましたが、各方面の担当者が知恵を絞ってくれたおかげでとてもうまく行きました。多くのアジアの栄養士が、大きな希望を持ち帰ることができたのではないでしょうか。

世界で一番ホットな地域、アジアの栄養士が考えるべきこと

今世界でホットな地域、つまり、経済発展において一番大きく動いている地域はアジアです。それぞれの国々で急速に人口が増え、人やお金が集まり、食生活も大きく変わっていきます。伝統的な食事が崩壊して、欧米化が進んでいくのです。そしてこれまでに経済発展した多くの国と同様に、低栄養は一部解決するのですが、肥満や非感染性疾患が増大するのです。

経済が発展すれば国全体が裕福になり、国民全体が十分に栄養バランスの整った良い食事ができるようになるかというと、残念ながらそうはなりません。急速な経済発展により経済格差が広がり、そのまま栄養格差へとつながっていきます。いわゆる、低栄養と過栄養の二重負荷が起こるのです。このことは、今回の会議の場でも話題になりました。

アジアの栄養政策をリードする日本

戦後の日本も急激な経済発展のなかで、こうした栄養問題に直面しました。幸い日本ではすでに実践栄養学が進んでいましたので、それに基づいた栄養政策が展開され、栄養士の教育と養成が始まっていました。この経験は、今まさに経済的に発展しようとしている他のアジア各国にとって大いに参考になると思っています。

これまでの栄養政策は、欧米が中心となった栄養研究をもとにしたものが中心でした。しかしこれからは、「アジアの人によるアジアの人ための栄養学」というものをもっと打ち出しても良いのではないかと考えています。

米、発酵食品、魚をよく食べるなど、アジア共通の食生活を基にした栄養政策はもっと発展していく余地があります。国の栄養政策をプランニングし、実施し、評価できるような人材をアジアの各国で育成していくことは喫緊の課題です。こうした研究や人材育成においても、日本は他のアジアの国々をリードしていけると思っています。

食文化を守ることは、持続可能な栄養政策につながる

日本は戦後アメリカから食糧支援(小麦粉や牛乳などの欧米食)を受けながらも、伝統的な和食文化を大きく変えることはしませんでした。これが日本の栄養政策が成功した秘訣だと私は考えています。

古くから続く食文化は、その地域の気候、食料の生産環境、そこに住む人たちの体質や好みに合っているのです。さらに、そうした食文化は、長い歴史のなかで自然淘汰され、国民や地域の人々から愛されて残ってきたものです。ですから、伝統的に残っているもの=持続可能なものだといえるのです。

このことは、これからの栄養政策を考える上で非常に重要です。その土地の食文化を大切にしながら、他の国のアイデアの良いところだけを取り込んでいくことが大切なのです。

つまり、日本の栄養政策をアジアの他の国に伝えていく時にも、日本の食文化を丸ごと取り入れるようなやり方ではなく、ベトナムならベトナムの独自の食文化を尊重しながら進めていかなければいけません。

アジアの栄養士の若い力を感じたACD

今回のACDにおいて、大変うれしかったことがあります。それは良い意味で世代交代が起きていると感じられたことです。多くの若い優秀な研究者と会うことができ、自由な発想からなる発表を聴くことができました。若い栄養士たちの柔軟性と未来への期待を感じることができました。

どの国においても、国家間の問題はあるでしょう。同様に、ジェネレーションギャップも存在します。しかし、ACDのような国際会議に参加し、様々な国の、様々な年代の人々と議論してみれば、そうしたことが無意味だということがわかります。

国家間の差は、国家の単なる発展速度の差であると分かってきますし、そこから国家や年代を越えてお互いに理解を深めることができ、建設的な話ができるようになるからです。海外の人々と実際に会うことにはこのような意味もあるのです。

アジアの栄養士が必要なスキル

今回のACDでも話題になりましたが、これから発展を続けるアジアにとって、人口増加における食料危機・環境破壊、ゴミの問題など、環境問題は管理栄養士・栄養士にとっても必須の課題となるでしょう。つまり、これからは、栄養についてだけの知識だけでは太刀打ちできなくなり、栄養に関係した事項を総合的に考えることができ、確実に実践できる人材が必要になります。

そして、そうした政策をアジアの他の国に提案できるような人材を育てて行く必要があると感じています。そのためには、日本の栄養学だけでなく、他国の文化、歴史や政治なども広く学ぶ必要があります。もちろん英語は必須になるでしょう。

今回のACDではすべての講演を英語で行いました。これは日本人の管理栄養士・栄養士にとってはハードルが高かったかもしれませんが、良い経験になったと思っています。他国の管理栄養士・栄養士と交流するなかで、次に目指すものを見つけられたのではないでしょうか。

横浜宣言を胸に、熱い気持ちを持ち続けよう
第8回アジア栄養士会議の集大成として、「Yokohama Declaration(横浜宣言)」が採択されました。
第 8 回アジア栄養士会議 横浜宣言(日本語訳)
私たちは、2022 年 8 月19日~21日、コロナ禍の中、横浜において「明るいアジアの未来 のために持続可能な健康社会の実現を目指して」をメインテーマに掲げ、第8回アジア栄養 士会議を開催した。会議の議論を基に、人々の健康と幸せ、さらに平和を願って、ここに 「横浜宣言」を発表する。
1.栄養は、健康のみならず、教育、労働、経済、ジェンダー、さらに環境等にも関係し、 SDGs を達成する基盤である。
2.全ての人々が健康で、幸せになるには、栄養不良の撲滅が不可欠である。
3.栄養不良の撲滅には、緊急時の食料や経済の援助と同時に、持続可能な栄養改善が必要になる。
4.科学的根拠に基づいた栄養改善をすすめるために、栄養学の実践的研究を発展させる。
5.栄養改善のリーダーである栄養士の教育、養成、さらに国際基準に沿った栄養士制度の創設と発展が重要である。
6.以上の目的を達成するためには、今後、さらに国際的な連携と協働が必要になる。

この宣言の第一に、「栄養は、健康のみならず、教育、労働、経済、ジェンダー、さらに環境等にも関係し、 SDGs を達成する基盤である。」とあります。これは、管理栄養士・栄養士として活動するすべての人が、心に留めておいていただきたい一文です。

栄養は人々が健康で幸せに生きるための基盤です。栄養政策がうまく行っていない、つまり、人々の健康が担保されていないところに、経済や教育の政策を施しても良い効果は期待できません。逆に、その国の人々が健康であれば、その国は活気にあふれ、あらゆる困難に立ち向かうことができます。

アジアという一つの共同体のなかで、多くの人が幸せに暮らせるようにするための基盤は、アジア各国に栄養士の腕にかかっていると言っても過言ではありません。4年後に開催されるインドでの栄養士大会に向けてこの宣言内容を実現すべく、たくさんのアジアの栄養士の同士たちと分かち合った熱い気持ちを持ち続けましょう。

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