コラム

子どもの好き嫌いをなくすには?〜中村丁次(日本栄養士会会長)が教える食育授業の伝え方

2022.7.27

2022年6月9日、私は東京都江東区立南陽小学校の5年生と6年生に食育の授業をしてきました。長く栄養教育に携わってきましたが、小学生の子どもたちに食育の授業をするのは、生まれて初めてで、とても貴重な経験になりました。今回は子どもたちに授業で伝えたかったことを振り返りながら、食育について考えてみたいと思います。

江東区立南陽小学校

【関連リンク】
江東区立南陽小学校HP

感性に訴える授業の作り方

授業を準備するにあたり、私は、どうすれば子どもたちに楽しく学んでもらえるかと頭を悩ませました。

もともと、栄養学の解説をするつもりはありませんでした。「エネルギーとは?」「カロリーとは?」「五大栄養素とは?」などと、用語の話をしても子どもたちは飽きてしまうと思ったからです。

正しい知識を教えれば、子どもたちが正しく行動すると思ってはいけません。科学的エビデンスに基づいて教育すれば、生徒の行動変容が起こるとは限らないのです。

人間は、心を動かされると、行動変容が起こります。つまり、知識をわかりやすく伝えるだけでなく、子どもたちに感動を起こさなければいけません。言い換えれば、食育では、子どもたちの感性に訴えることが重要なのです。

授業に物語性をもたせれば、子どもたちの感性に訴えられるだろうと思った私は、小学生が好きそうな登場人物をまず考えて、授業の流れを作っていきました。

悩んだすえ、登場人物は、メジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスで活躍する大谷翔平選手、みんなが大好きであろう、パンダとてんとう虫、そして何かと嫌われ者のゴキブリに決めました。そしてこれら登場人物に関する疑問を子どもたちに投げかけるようにして授業を進めていきました。

「大谷選手は、どんな食事で体を大きくしたと思う?」

「どうしてパンダは笹の葉を食べるだけで、大きくなれるの?」

「みんな、てんとう虫は好きだよね? ゴキブリはなぜ嫌いなの?」

このような感じです。

パンダは笹の葉を食べるだけで生きていける体に進化しましたが、大谷選手はあらゆる食べ物をバランスよく食べることによって、強くて大きな体になったことを伝えました。

また、「てんとう虫は好きなのに、ゴキブリは嫌いという一般的イメージは、偏見かもしれないよ」と問いかけました。「実際、アジアにはゴキブリを食べる国があるよ」と続けると、子どもたちは大騒ぎでした。

その話の後で、「私は、納豆は腐った豆だと思って食べられなかったけど、その偏見をなくして食べられるようになったよ」と好き嫌いを克服した経験を伝えました。

そのうえで「だから、みんなも偏見をなくして、好き嫌いなく食べましょうね。そうすれば、自然と栄養バランスがとれて、勉強もできるようになるし、大谷選手のように運動もできるようになるよ。そして食べ物だけでなく、人間に対しても偏見なく、みんな仲良くしようね」と締めくくったのです。

中村先生が授業で使ったスライドより

栄養欠乏の恐ろしさを伝える必要性

子どもたちが授業に飽きないよう、もうひとつ、私が工夫したことがあります。それは、栄養欠乏状態の子どもの写真を見せることで、栄養欠乏の恐ろしさを伝えることでした。

これには学生時代の私の体験が大きく影響しています。大学で栄養学を学んでいたころ、私はビタミンB6を欠乏させたネズミを飼育して観察していました。そのネズミは、どんどん痩せこけていって、ある日、私の手のひらの上でぱたりと死んでしまったのです。

たったひとつでも栄養素が欠乏してしまうと、ネズミは死んでしまう。この事実に私は衝撃を受けました。そして、栄養学を生涯の仕事にすると決意したのです。ひとつでも栄養素が欠乏すれば、死んでしまうのは、人間も同じです。これは恐ろしいことではないでしょうか。

日本では、栄養学を専門とする管理栄養士・栄養士ですら、栄養欠乏状態の人を目にする機会はなかなかありません。つまり、栄養の専門家でも、栄養欠乏状態をすぐその場で見抜けない可能性があるのです。

こうした危機感から、私は教育現場では、なるべく栄養欠乏になった人間がどんな状態になるのかを写真で見せるようにしています。また、学長を務める神奈川県立保健福祉大学で管理栄養士を目指す学生には、栄養欠乏させたネズミを飼う実習をさせ、栄養欠乏が死に至ることを体験させています。

今回の授業でも、栄養欠乏状態の子どもの写真を見せて、栄養欠乏の恐ろしさを伝えられたことは、大変意義のあることだったと思います。

中村先生が授業で使ったスライドより

食育の成果は経過観察で把握できればベスト

以前、本連載の『コロナ禍に再考する学校給食の意義』でもお伝えしたとおり、学校には、給食という教育媒体がありますが、これは当然、食育媒体のひとつでもあります。

食育で教えることはたくさんありますが、「みんなで味わって、楽しく、食べる」ことは、食事の原点ともいえる体験です。その意味でも給食は大切な食育の媒体といえます。

今回の私の授業が、食育として成功したかどうか検証するには、日々の給食で子どもたちに行動変容が起こってくるかどうかを経過観察することが大切かもしれません。

私はテーマを「好き嫌いなく食べること」に絞って授業をしましたが、その後の子どもたちの行動に変化が見られたかどうか。

たとえば、「実際に好き嫌いが減った」「子どもたちが栄養に興味を持ち始めた」「残飯が減った」などの目に見える成果が上がってくれば、授業は本当の意味で成功したといえるのではないでしょうか。

いずれにしても、私の授業を聞いて、ひとりでも多くの子どもが好き嫌いなく食べられるようになってくれたら、大変うれしく思います。

【関連リンク】
文部省HP「食育って何?」

【関連記事】

実際の授業の様子は、YouTubeの「中村丁次がゆく食事と栄養の世界」でお楽しみください。「DOUMA」のチャンネル登録をよろしくお願いします!

 

 

コロナ禍に再考する学校給食の意義〜中村丁次(日本栄養士会会長)