<管理栄養士インタビュー>栄養士K 管理栄養士はもっと厨房外の仕事にも尽力すべき ~総合病院に勤めながら大学院に通う栄養士Kが考えたこと

※栄養士Kさんは現在、職場などへの影響を考え匿名で活動しているため、本名は掲載しておりません。

栄養学の研究者を目指し、栄養学科へ

僕は1995年、長崎県長崎市で生まれました。生まれも育ちも長崎県です。栄養学の道に進もうと思ったのは高校時代です。高校生活では、陸上競技に打ち込んでいたのですが、練習の成果が想像していた以上に出て(400メートルで全国大会に出場)、3年生の冬近くまで部活に力を注ぎこんでいました。しかも、それで燃え尽きてしまったのです。陸上の推薦で進学する話もいただいていたのですが、しんどいな、もうやりたくないなと思って、すべて断ってしまいました。

北九州高校総体陸上、男子400メートル決勝で6位入賞を果たし、インターハイ出場を決めたときの写真。一番右が栄養士Kさん。

とはいえ、部活一辺倒の生活で、正直あまり勉強をしてこなかったので、さて、どうしようと。大学で何を勉強しようか迷っていたときに、人にとって一番大事なものは何かを考えました。そのとき、「何も食べないと人は死んでしまうから栄養は大事だな」と思ったのです。今思うと、すごく短絡的なのですが、それで栄養学の研究者になろうと思い、全国の大学一覧を眺めながら、志望校を「栄養」とつく大学に絞り、受験しました。進学したのは北九州市にある九州栄養福祉大学の栄養学部栄養学科です。

栄養学科は栄養学を探究する場所だと思っていたので、入学してすぐに調理実習があったのには驚きました。当時、僕は料理がまったくできませんでしたので、調理実習にいい思い出はないですね。高校は男子校だったのですが、栄養学科に入学すると、まわりは女性ばかり。高校時代と真逆の環境になってとまどうことが多かったです。

僕はアカデミックに栄養学を研究する環境に身を置きたいと思っていました。ところが、毎週のように調理実習があり、イメージと違いました。調理を学んでも僕が思い描いていた栄養学の研究者にはなれないのではないか。そう思うと悔しくて、一人で学会や勉強会に行き始めました。がりがりと栄養学を研究する場を望んでいたからです。それでも物足りなさを感じていましたね。たとえば、高血圧の塩分制限の必要性など、僕がアカデミックな栄養の研究と思えることの多くは、医者が行っていました。それならば、管理栄養士は何のためにいるのか。学生のときに、そんな疑問をもって以来、このままではだめだと思いながら、今に至ります。

 

100件の栄養指導をこなした就職1年目

管理栄養士の道を選んだ時点で、栄養学の研究者になりたいと思っていましたが、どういう研究をしたいのか明確になっていませんでした。学生時代は、恩師の先生と夜の10 時くらいまで話をすることもあり、いろいろな知識を浴びるように聞かせていただいていました。知識が深まるにつれ、働く現場と乖離した研究をしても再現性がないし、管理栄養士の社会的地位を向上させる研究じゃないと意味がないと思うようになりました。そこで、研究する前に一度、現場に出ようと決め、管理栄養士の資格をとって、大学卒業後は総合病院に就職しました。臨床栄養師の研修が受けられる病院です。臨床栄養師の現場はアカデミックな雰囲気の教育をしているので、論文の指導もしてもらえるし、研究と現場の結び付け方を学べると思い、就職を決めました。

給食の運営まで直営の総合病院でしたから、管理栄養士の仕事と言われるものはすべて経験しました。350床のうち50床分の病棟管理をやって、栄養指導も月に100件近くやって、厨房の仕事もやって、とにかく忙しくて、心の余裕はありませんでした。毎日8時過ぎまで仕事をするのは当たり前で、日をまたいで帰宅することもありました。おかげで栄養士のベースとしてやることはすべて学んだ気がします。給食では、食材の発注から献立作成、調理の流れの構築、検品までやりました。病棟に行って栄養指導もバリバリこなしました。しかも当時は手書きでカルテを下書きして、先輩の栄養士からOKが出てから電子カルテに入力していたので、効率が悪くて大変でした。部署長からは、「ここを経験したらどこに行っても大丈夫だよ」と言われていたので、一番きつい現場なのかなと思いながら仕事をしていました。

給食では、毎日地元の港にあがった魚を聞いて発注していました。今日はこの魚を使うのがいいと思いますと、上司には積極的に提案しなければ良い相談ができませんでしたね。そのほうが、献立がすぐに決まるので効率がいいのです。一般食、特別食、嚥下調整食、それぞれで違う魚を使ったり、タレなども全部手作りにこだわったりしている現場でしたが、調理は補助程度しかしなかったので料理の腕が上がったわけではありませんでした。

 

管理栄養士はチーム医療のためにどう動くべきかを考え始める

その病院を一年経験してから、先輩の紹介でリハビリテーション病院に転職しました。この病院は、給食を委託していたので、献立作成も調理もしなくていい。業務量が半分以下になったので、仕事はとても楽になりました。このころ、回復期の栄養指導が出来高制になり、栄養指導をやればやれるほど、お金をいただけるようになったのですが、たくさん栄養指導をやろうと思っても、せいぜい月20件ぐらいでした。前の職場で月100件やっていたことを思えば、ものすごく楽で、そのかわり仕事の質を高めることに時間を費やせるようになったことはよかったです。それまで雑に仕事をしていたわけではありませんが、質の高いチーム医療にするにはどうすればいいかを考える心の余裕が生まれました。リハビリ病院でしたから、在宅を見据えた栄養指導をすることが多いのですが、「家に戻ったら、必ずこうしてください」と指導するのではなく、目安の食事を提示して、「これに近い食事になるといいですね」と促すようにしていました。

このころ、 病棟での栄養管理業務と医師、看護師たちとの業務の連携について意識しはじめました。患者さんが訴えたことに対して医師や看護師が言ったことを、管理栄養士として包括的に考えて、医師と看護師にフィードバックする作業を毎日繰り返していました。院長だろうが副院長だろうが、自分が違うなと思ったら言える環境だったので、栄養学的にはこうですよ、と伝えていましたね。自分の言葉で納得してもらえなかったら、そのエビデンスが書いてある論文を探して見せたりもしていました。

栄養士Kさんが日々愛用している道具たち。左から「握力計」(筋力を測定)、「インサーテープ」(下腿周囲長=ふくらはぎの太さを測定=筋肉量を測定)、「アディポメーター」(皮下脂肪厚を測定)。筋力や筋肉量を測定し、入院時のADL予測や入院中の栄養状態の推移の指標とする。「物を持てるか?」「料理を作れるか?」「買い物に行けるか?」を見極めることが、入院中・退院後の食生活管理にもつながる。一番右の「聴診器」は、お腹が動いているかを診るために使用。誤嚥していないかの聴診もし、安全に栄養が摂取できるかどうかの判断の目安にする。

病棟業務をしているうちに、病棟にいるだけで管理栄養士に必要な情報が集まってくることに気づきました。つまり、給食業務から病棟業務まで、いろいろな業務に時間をかけて頑張るという仕事の仕方が間違っているのではないかと思うようになったのです。時間を割く部分が違うのではないか。では、どこに注力すれば、管理栄養士の業務改善ができるのか。

たとえば、カルテをしっかり読み込んで、検査値を頭に入れてから病棟に出るというのが普通だと思います。そうではなく、病棟に出て、医師・看護師と話をしてからカルテを読むほうがいいと思いました。逆なのです。カルテに書かれているのは過去の情報です。今起きていることではありません。一歩遅れた情報をもって病棟に出て医師と話しても、それはもう手を打ったよと言われてしまう。そうではなく、患者の情報を看護師が医師に伝え、医師がこういう検査をしておくという判断をした時点で(つまり検査結果が出る前から)、管理栄養士は栄養の判断に関わったほうがチーム医療としての一体感がでます。あくまでチーム医療なので、医師に提案するという体ではなくて、チームの一員としてもっと深く関わるほうがいいはずです。患者さんの性格とか生活体系とか病態とか、あらゆる要素が複雑にからまっている現場では、病名と栄養療法がイコールで結びつけられるような教科書的な栄養の判断が全然通用しないと感じています。あまりに個別性が高いので、この病態だからこの栄養療法でやればいいというのでは、限界があります。常に患者の最新の情報に触れて、栄養管理に関われるのが理想です。管理栄養士は給食管理よりも、もっと病態栄養管理に力を割いて仕事に取り組むべきだと感じています。

 

「管理栄養士は病棟で仕事すべき」を裏付ける研究のため大学院へ

実は管理栄養士として働き始めてから3年間は、仕事を辞めたくて仕方ありませんでした。いくら管理栄養士が一生懸命仕事をやっても、結局、最終的には全部医者の判断じゃないか、とひねくれていましたね。でも、現状を変えるのは自分次第じゃないかと思い直し、そのための勉強をしようと、神奈川県立保健福祉大学の大学院に入学しようと決め、同時に神奈川県内の総合病院に転職しました。

神奈川県立保健福祉大学を選んだのは、日本栄養士会会長でもある中村丁次先生が学長を務めていたからです。北九州市で学生をしていたときに、福岡県栄養士会が主催する講演会で中村先生のお話を聞く機会があって、それに感銘を受けて、中村先生に会ってみたくなったのです。入学して直接お話できたことは、まだないですね。

大学院では、管理栄養士をどう配置すれば、よいチーム医療になるのかを研究しています。これは批判になってしまうのかもしれないのですが、僕は「50床に一人の管理栄養士を配置する」という教科書的な通説は効果が薄いと思っているのです。実際、大学病院の蓋を開けてみたら、特定機能病院であっても、ほとんどの病院は病棟に管理栄養士がいません。配置の加算制度(※)があるにも関わらず、算定をとっていないのはなぜか。病棟に管理栄養士の札がかかっているだけで、何かがないと病棟にいかない。現状は、厨房で働いている栄養士が、病棟にちょこちょこ出て、NSTや栄養指導を頑張っていることが多いでしょう。厨房の仕事を終えたあとも、カルテを見て、栄養管理計画書を書いたり、NSTの書類を作成したり、やることはたくさんあります。僕は経験を通して管理栄養士は書類作成の業務でさえも事務所ではなく病棟で仕事をしたほうがいいと実感しています。そこで、大学院では、厨房や事務所で仕事をするよりも、厨房外・事務所外(病棟やフロア、地域)で仕事をすることのメリットを研究しています。研究を通して、管理栄養士は厨房外・事務所外にいたほうが医療の質が高まると示したいのです。この研究テーマで修士論文を書く予定です。

※「令和4年度診療報酬改定」により、入院栄養管理体制加算が、特定機能病院(高度医療の提供、高度医療技術の開発および高度の医療に関する研修を実施する能力等を備えた病院【厚生労働省HPより】)にのみ新設された。これにより、以前よりも病院側は収入を得られるようになるはずだが、多くの特定機能病院が人手不足を理由に加算をとっていない現状がある。

 

「栄養士K」がYouTube配信をはじめたわけ

一年ほど前から、大学院で学んだことの記録を残すために、YouTubeのチャンネルを開設し、動画配信を始めました。その日学んだことや考えたことを配信しています。日記や備忘録のようなものですね。今日は何を学んだのかを、一度頭の中で整理してから撮影するので、よい復習になりますし、記憶の定着にもなります。そのついでに誰かが見てくれたらいいなという思いでやっています。

YouTubeでは、その日の授業内容や気になる話題を取り上げている。

 


栄養士Kの卒後の栄養学 Vlog
https://www.youtube.com/@eiyoushiK
大学院に通いながら働く管理栄養士として、考えたことを日々YouTubeで配信中。

栄養士Kさんが日々授業を受けたり、YouTube配信をしたりしているデスク。「QOLを上げることに命をかけています」というKさんらしく、机の上も快適に作業しやすく整えられている。

栄養士KさんがYouTube配信に使う道具。左がスマートフォン・ジンバルのDJI OM5。写真中央のクリップに愛用のiPhon13 miniを挟んでから、ジンバルに固定して撮影する。動画撮影のために、スマートフォンはカメラ性能のよい機種を選んだ

今は、フルタイムで朝の8時半から17時半まで病院で仕事をしています。職場のすぐ近くに住むようにしているので、17時半に仕事が終わったらすぐに帰って、18時にはパソコンをつけてオンラインで大学院の講義を受けます。21時くらいまで講義を受けて、それから動画を撮る感じですね。コロナ禍もあって大学に行くことはあまりありません。大学院の講義がない日はセミナーや勉強会を入れていることが多いので、忙しさはあまり変わらないですね。課題や論文を書かなければいけないときは、朝の4時に起きて書いて、8時半から仕事です。1分1秒を無駄にしないよう日々を過ごしています。

 

管理栄養士に必要な「寄り添う力」とは?

病院で働いてきて、管理栄養士に必要なのは「寄り添う力」だと感じるようになりました。患者さんに寄り添うのはもちろんなのですが、僕が実感したのは、医療従事者に寄り添う力の大切さです。医師、看護師、介護士、リハビリテーション、ソーシャルワーカー……他の職種の事情を理解すること。これがなければ、よいチーム医療にはなりません。

こんなふうに偉そうなことを言っても、実際の現場で何も変えらないのが嫌なので、今の職場に異動してまだ1年ですが、医師や看護師の仕事の一部を管理栄養士にタスクシフトする仕組みを作り、臨床栄養師研修認定施設にしたりしてきました。日々、管理栄養士がより良い結果を出すための仮説検証を現場で行っています。ひらの管理栄養士ではありますが、それでも自分の進言で少しずつ現場を変えていくことができている実感があります。とにかく結果を出していくしかありません。管理栄養士の社会的地位を向上させたいという気持ちはこれからも変わりません。そのために仕事と研究を頑張っていきたいですね。

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