コラム

食料安全保障について管理栄養士・栄養士はどう考えるべきか~中村丁次(日本栄養士会会長)

2022.8.10

今、食料安全保障をなぜ管理栄養士・栄養士が考える必要があるのか?

気候変動やロシアによるウクライナ侵攻によって、穀類・海産物の収穫量の減少や食料の流通障害などが起きています。食料の確保が困難になったり、値上げが起きたりすることによって、人々は食料の安全保障を身近な問題として捉えるようになりました。

国家や地域、あるいは個人が、必要な食料を安定的に供給する食料安全保障は、持続可能な社会を創造していくための重要な課題です。

しかし、単に人々の空腹が満たされればよい、というわけではありません。人々の生命を維持し、健康で幸せな生活が保障できる食料供給が必要なのです。栄養学的にいえば、すべての人々が、すべての栄養素を適正に摂取できる食料を安定的に供給できることが、食料安全保障の必要条件になります。

つまり、適正な栄養補給、あるいは栄養改善ができる、持続可能な食料安全保障が重要です。栄養関係者が食料の安全保障にかかわる理由は、この点にあります。

なぜ、食料自給率が低いことがリスクなのか?

日本の食品の供給カロリーベース(令和2年度:2,269kcal/人・日)を見ると、国内生産の割合は37%(そのうち、21%が米)で、63%を海外からの輸入に依存しています。

つまり、日本国内の食材の多くは外国産です。輸入が多い上位4か国は、上から米国(23%)、カナダ(11%)、豪州(8%)、ブラジル(6%)となっていて、これらに国産を合わせると、85%になります。

我が国の供給カロリーの国別構成(試算):令和2年度
出典:農林水産省「食料の安定供給に関するリスク検証(2022)」P.27より
注1:輸入熱量は供給熱量と国産熱量の差とし、輸出、在庫分は捨象した。
注2:主要品目の国・地域別の輸入熱量を、農林水産省「令和2年農林水産物輸出入概況」の各品目の国・地域毎の輸入量で按分して試算した。
注3:輸入飼料による畜産物の生産分は輸入熱量としており、この輸入熱量については、主な輸入飼料の国・地域毎の輸入量(TDN(可消化養分総量)換算)で按分した。

上位4か国に依存している理由は、それぞれの国が広大な農地を有し、国家間も良好な関係にあり、安定的に食品を輸入できるからです。しかし、近年の気候変動やウクライナ問題で明らかになったように、広大な耕地も、安定的な食料供給も、いつ崩壊するかわかりません。つまり、特定の国に過度に依存しているリスクがあることを忘れてはならないのです。

食料のリスクは、世界の気候変動や国際関係問題など、地球規模の要因から影響を受けるだけではありません。日本国内の重要なリスクとして、生産者の労働力不足・後継者不足による農産、畜産、水産の危機が指摘されています。また、農業者以外の関係人材(普及指導員など)・施設(保管倉庫など)の減少も、野菜や果物などの生産のリスクとなっています。

出典:農林水産省「食料の安定供給に関するリスク検証(2022)」P.33より

さらに、食肉・鶏卵・牛乳及び乳製品の生産においては、家畜伝染病の流行も重要なリスクになっています。一方、海外要因のリスク分析では、燃料や肥料原料の輸入減少・価格高騰・品質劣化が重要なリスクとされています。

出典:農林水産省「食料の安定供給に関するリスク検証(2022)」P.36、P.39より

【関連リンク】
農林水産省「食料の安定供給に関するリスク検証(2022)」の公表について
農林水産省「食料の安定供給に関するリスク検証(2022)」PDF

食料安全保障について考えるポイントとは?

個人や集団の栄養必要量を恒常的に確保するために、食料安全保障は必要ですが、十分条件ではありません。

たとえば、ウクライナの小麦粉が手に入らなければ、世界の穀物市場が混乱し、価格は上昇し、小麦粉不足を起こす地域が出るかもしれません。しかし、そのことにより、炭水化物の摂取量が減少し、健康被害に直結するかといえば、必ずしもそうではありません。他国からの国際支援や、他の穀類、イモ類、野菜への代替えを目標にした食事改善を進めれば、乗り越えられる場合もあるでしょう。

しかし、混乱が長期に及べば、代替え食品への恒常的切り替えや材料価格の増加分の値上げが必要になってきます。このとき、必要な食品量の確保ばかりを考えるのではなく、必要な栄養の確保にまで意識を向けることが大切です。

すなわち、栄養価が保障され、なおかつ安価に入手可能で、嗜好性の高い食品の選択や調理の工夫を指導する栄養改善が必要になってくるのです。この点に着目し、食料安全保障を栄養の安全保障と捉え、思考を深化させるのが、管理栄養士・栄養士の役割になります。

管理栄養士・栄養士は食品ロスを“栄養ロス(ニュートリション・ロス)”と考えよう

食料安全保障では、「食品ロス」への対応も必要です。世界では、飢餓が深刻な一方で、食品廃棄物が多く、無闇に食品を増産すれば、環境負荷につながります。日本の食品ロスは570万トンで、国民ひとり当たり、毎日茶碗1杯分の食品を捨てている計算になります。

食品システムは「生産」「運搬、貯蔵、加工・包装、小売、外食」「家庭」の過程から構成され、「運搬、貯蔵、加工・包装、小売、外食」からのものを事業系食品ロス、「家庭」からのものを家庭系食品ロスといいます。SDGsの目標を達成し、持続可能な社会にしていくためには、食品システム全体を、無駄のない、合理的な仕組みにすることで、食品ロスを減らしていく必要があります。

では、どのように食品ロス問題を捉えるべきなのでしょうか。

単に食べ残しをしないだけの、完食を食品ロス問題解決の目標にするならば、場合によっては過食や肥満を誘導することになります。過食は、必要量以上に食品を摂取するので、食品の無駄使いを助長します。肥満になれば、エネルギー消費量は増大して、人間のCO2排出量が増え、同時に糖尿病や動脈硬化性疾病などの非感染性疾患のリスクとなり、医療費の増大にもつながります。

つまり、地球に二重、三重の負荷をかけることになってしまうのです。食品を捨てること、そして食べ過ぎることは、食品ロスだけを意味するのではありません。栄養(=ニュートリション)を無駄にする、いわばニュートリション・ロスが起きているのです。

【関連リンク】
DOUMA記事「栄養学の観点から食品ロスを考える〜中村丁次(日本栄養士会会長)」

栄養素の循環が育む農業・畜産業とは?

栄養の観点から考える食料安全保障対策のひとつとして、有機農法の推進があげられます。日本は、化学肥料の原料の多くを海外に依存しているため、国際関係の悪化から、多くの作物で肥料不足が生じるリスクが高いのが現状です。

また、化学肥料は、生産過程で多くのエネルギーを消費するので、環境負荷が大きいといえます。一方で、国内の畜産から生じる糞尿を用いた有機肥料の活用が進みつつあるので、今後の栄養指導では、有機野菜、有機果物の選択を推奨していく必要があると思います。

実際、昔の日本の農業は、人間や家畜の排泄物をリサイクルし、肥料として活用していました。人間が、農作物や家畜を食料としていただき、その栄養素で生命を維持し、そして排泄物の肥料が動植物の栄養になります。人間や家畜の排泄物から栄養素を抽出して、リサイクルすることは、栄養素の循環といえるのです。この循環が健全に営まれるような地球環境にしなければなりません。

また、人間や家畜の排泄物と同じく、下水の洗浄過程で生じる下水汚泥には、窒素、リン、カリュウムなどの栄養素が多く含有されています。現在、産業廃棄物である下水の汚泥から窒素、リン、カリュウムを抽出して化学肥料の原料にする技術が開発されつつあります。

この技術も下水汚泥に含まれる栄養素の循環といえるでしょう。下水は汚い、食べ物に使うなんて汚い、という偏見をなくし、食品のリサイクルに組み込み、有効活用する教育も、今後の管理栄養士・栄養士の育成には必要です。

【関連リンク】
農林水産省「汚泥肥料に関する基礎知識(一般向け)」
農林水産省「汚泥を原料とした肥料の生産について」
国土交通省「下水道資源の農業利用」

これからの管理栄養士・栄養士の在り方

これまで見てきたように、これからの栄養指導には、食品の安全保障をも考慮した、食品システム全体のバランスを考えた総合的判断が重要です。その場合、対象者の健康・栄養状態、生活、経済、文化、環境など、あらゆる側面を考慮した栄養・食事の指導も必要になってきます。

こうなると、栄養問題が多様化、複雑化、高度化していくはずですが、それを嘆くことはありません。むしろ、問題が高度化すればするほど、管理栄養士・栄養士の出番は多くなるはずです。広がる仕事の可能性を、私たち、管理栄養士・栄養士は歓迎すべきなのです。

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