食事を考える一冊

佐藤初女物語おむすびに心をこめて あんずゆき 著

2022.4.29

手作りのおむすびで心を癒す

佐藤初女(さとう・はつめ)さんは、1921(大正10)年生まれ。「日本のマザー・テレサ」と多くの人から慕われた福祉活動家・教育者です。
10代のときに肺結核を患い、医師には「もう治らない」と言われましたが、薬に頼らず、おばあさんが作ってくれた料理の力で病から回復。それをきっかけに「おいしいと感じることが、生きようとする心につながっている」「食べ物にいのちをいただいて元気になろう」と考えるようになります。

その後、療養しながら修道女が創設した青森県の学校を卒業し、病気をかかえながら小学校の教師として働き始めた初女さん。結婚し、子どもにも恵まれ、1954(昭和29)年にはカトリックの洗礼を受けます。35歳頃には病気が完全に治ったと実感し、ずっと興味をもっていた染色の仕事を始めるなど、活動の幅をどんどん広げてゆきました。関わる人が増えるにつれて自宅には多くの人が集まるようになり、初女さんはみんなの食事を出して一緒に食べながら、話をするのでした。

「社会や人のために尽くしたい。自分を頼ってくる人のために、自分の心と時間を使おう」。そう考えるようになった初女さんは、1992(平成4)年には青森県の岩木山麓に山荘「森のイスキア」を開設。あらゆる人を迎え入れ、その声に耳を傾ける奉仕活動は、2016(平成28)年に94歳で亡くなるまで続きます。

初女さんは「森のイスキア」を訪れた人のために、心をこめておむすびを作り、手料理をふるまい、一緒に食べながら、みんなの悩みに耳を傾けました。本書は、初女さんの生涯をやさしい言葉でまとめた小学校中学年以上向けのノンフィクションです。

真っ黒で丸い初女さんのおむすび

本の冒頭には、初女さんが小学生におむすびのむすび方を教える場面が紹介されます。小ぶりなお椀にごはんを入れ、まな板の上にひっくり返し、そのてっぺんにちぎった梅干しを押し込みます。濡らした手のひらに塩をひとつまみなじませて、ごはんの山をすくい取り、クックックッと丸く整えていく。「ごはんのひとつぶ、ひとつぶが呼吸できるように、むすんでくださいね」。

そうやってひとつひとつ、初女さんのたなごころでむすばれたおむすびにはきっと、人を癒す力があったのだと思います。四角いノリで上下からはさんだ、ぽってりと丸く、真っ黒なおむすびが、初女さん特有のおむすびでした。

初女さんは最初からおむすびが得意だったわけではない、というエピソードも紹介されています。ガチガチに固かったり、崩れやすくて食べにくかった、かつてのおむすび。それがおいしくなったのは、初女さんの映画を撮影するために忙しく働く人たちを思って、心をこめてていねいにむすぶようになってから。料理をおいしくするのはやっぱり、食べる人を想う気持ちなのですね。

おむすびの魔法

私もおむすびが大好きで、よく作ります。おむすびを作りたくなるのは、誰かに元気になってほしいとき。おむすびを食べたくなるのは、自分が元気を出したいとき。ごはんと塩だけあれば、誰でも簡単にできるのに、おいしい。おむすびには、人を元気にする魔法の力があるんです。

私に元気をくれるおむすびといえば、母の「青菜むすび」と「梅干しむすび」。特別なものではありませんが、お米は実家で育てているもの。糠漬けと一緒にいただけば、我が家のなつかしの味にほっとします。

誰でも簡単に作れるおむすびですが、もっとおいしく作るコツを知っていますか? ヒントは塩加減。ふんわりにぎるのもポイントです。でも、いちばんのコツは、初女さんのように心をこめてむすぶこと。

食べてくれる人を想いながら温かいごはんを手のひらにのせると、とても優しい気持ちになります。その優しさが伝わって、おむすびはおいしくなるのです。「誰かのために、心をこめて」。おむすびは、料理をする人にいちばん大切なことを教えてくれる料理の基本のき、なのです。

【書籍情報】
佐藤初女物語おむすびに心をこめて あんずゆき 著
PHP研究所 ¥1,540(税込)

目次

1 京都の小学校で
2 鐘の音
3 わたしには心がある!
4 イスキアへの道
5 森のイスキアで
6 いのちの移しかえ
7 悲しみを乗り越えて
8 小さな森
9 あなたには、できることがあります
10 おむすびの心、世界へ
11 それぞれの別れ