食事を考える一冊

屠畜のお仕事 栃木 裕 著

2022.3.8

実際に屠場(とじょう)で働く人のリアルな声

屠場とは農家が育てた牛や馬を屠畜して、「枝肉」と「畜産副産物(内臓や原皮)」に加工する施設のことです。著者の栃木裕さんは、東京都中央卸売市場食肉市場に併設されている「都立芝浦屠場」で、実際にナイフを持って働いていました(現在は引退されています)。

これまでにも、屠畜をテーマにした本はたくさん出版されていますが、いずれも屠場を取材して書かれたものばかりでした。一方、この本は実際に屠場で働いていた人の目線から書かれている点がひと味違います。

栃木さんは、屠畜というテーマを取り上げる時に「感謝して生命をいただいているのだ」という風に美しく語られることを嫌います。動物を殺して食べるということ。そのことを美談にせずに、まっすぐに向き合うべきであるといいます。

この本を読むと、屠場で働く人たちが「農家から預かった大切な家畜を自分の手でより良い商品に仕上げるのだ」という使命感を持って仕事をしているということがよくわかります。自分の屠畜の技術が、肉の値段を左右し、ひいては農家の収入に直結する。そのことがわかっている彼らは、技術を磨くことに心血を注ぎ、毎日使う道具にもこだわるようになるのです。屠畜は、職人的な楽しい仕事だと栃木さんはいいます。

牛、豚、鶏……それぞれの屠畜の行程がそれぞれイラストとともにとても詳しく紹介されていることも、この本の大きな特徴です。読み進めると、屠畜の仕事が随所で大変な神経を使う作業であり、その技術は時代とともに発展してきたのだとわかります。家畜は多くの人の職人技に支えられて、やっと商品としての肉となり、私たちの手元に届くのです。この本を読めば、いつもスーパーで何気なく見ている肉も少し違ったものに見えてくるかもしれません。

また、この本には商品としての食肉の生産や流通についても詳しく書かれていて、食肉に関する一通りの知識を得ることができます。さらに、コラムでは屠畜と部落解放同盟や差別の問題、殺生禁断令などにも触れられているので、屠畜や食肉の歴史・社会的背景も知ることができ、「肉」という食材について深く考えるきっかけになると思います。普段調理や販売などで食材を扱っている人や、教育に関わる方にぜひ読んでいただきたい一冊です。

【書籍情報】
『屠畜のお仕事』 栃木裕 著
 解放出版社 ¥1,760   

目次

第1部 屠畜について教えてください
屠場ってどんなところ?
豚や牛はどうやって運ばれてくるの?
豚はどうやって殺すの?―豚の屠畜 ほか

第2部 牛や豚はどうやって育てられているのですか?
私たちの食べている豚ってどんな種類なの?
「三元豚」と「ブランド豚」ってどんな豚?
豚はどうやって育てているの? ほか

第3部 お肉がおうちに届くまで
枝肉は誰に売られているの?
枝肉を買った食肉問屋はそれをどうやって売るの?